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東京地方裁判所 平成4年(ワ)15420号 判決

《住所略》

原告

鈴木市郎

右訴訟代理人弁護士

戸田滿弘

土田耕司

東京都中央区八重洲2丁目4番1号

被告

山一證券株式會社

右代表者代表取締役

三木淳夫

右訴訟代理人弁護士

大塚功男

田中晴雄

主文

一  被告は原告に対し、金2000万円及びこれに対する平成3年10月24日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  請求

被告は原告に対し、金5584万円及びこれに対する平成3年10月24日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は、昭和63年初め頃、被告町田支店従業員の橋爪明信(以下「橋爪」という。)の勧誘により同支店に取引口座を開設し、取引を始めたが、「株の売買はしない。転換社債、それも原告が特に指示した取引のみを行う」という約束であったにもかかわらず、橋爪が原告に無断で株式の売買を行ったため、橋爪が他店に転勤となった同年6月の時点で、約400万円の損失を生じていた。

その後、橋爪の後任者である甲野一郎(以下「甲野」という。)が、「橋爪から申し送りを受けた損失400万円を何とかして補填したいので、取り敢えずお預け願いたい」と、被告町田支店の取引口座に送金するよう執拗に申し入れてきたため、原告は、次のとおり合計2984万円(以下「本件金員A」という。)を送金した。

昭和63年6月28日 1000万円

同年7月28日 400万円

同年8月1日 513万円

同年8月8日 156万円

平成元年5月16日 915万円

なお、原告は、平成元年5月15日甲野から1084万7910円を現金で受け取ったが、甲野から右金員を「すぐまた預けてもらいたい」と言われ、翌16日、1085万円と915万円合わせて20000万円を送金した。

2  原告は、右預託金の返済がないので、甲野にその返済を強く迫ったところ、平成3年6月18日、甲野から「会社の取引口座でなく、自分の個人口座に2600万円振り込んで下さい。そうすれば、利益を付ける形で返済します」と言われ、それを信じて甲野の個人口座に2600万円(以下「本件金員B」という。)を送金した。

3  本件金員A及び同Bはいずれも原告が被告に預託した金員であるところ、原告は被告に対し、平成3年10月23日までにその返還を請求した。

よって、原告は被告に対し、右預託金合計5584万円及びこれに対する平成3年10月24日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

4  仮に右請求が認められないとしても、右金員は被告の被用者である甲野が原告を騙して交付させたものであるから、被告は、民法第715条により、原告の被った損害を賠償する義務がある。

5  被告町田支店の原告に関する顧客勘定元帳には、次のような原告に対する現金出金(以下「本件金員C」という。)の記録があるが、原告はこれを受領していない。

昭和63年10月29日 85万2746円

平成元年3月31日 54万0011円

同年5月10日 27万2950円

同年12月8日 58万5308円

平成2年4月19日 267万2647円

同年5月22日 939万6699円

同年7月3日 875万4681円

よって、原告は、予備的請求として、右合計2307万5042円及びこれに対する最終清算日の後である平成3年10月24日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が被告の町田支店に取引口座を開設したこと(口座開設は昭和61年8月28日である。)、原告主張の日に原告主張の金員が同支店に送金されたことは認めるが、その余の事実は否認する。甲野が原告の担当となったのは昭和63年9月からであり、昭和63年6月27日から同年8月8日までの送金は、橋爪が担当していた当時のものである。

2  同2の事実は不知。

3  同3は争う。原告主張の2600万円は、甲野が個人的に受領したものであり、被告が原告による有価証券の買付代金として受領したものではないから、被告はその返還義務を負わない。

4  同4は争う。甲野がその銀行口座に原告から2600万円の送金を受けたことは、同人の本来の職務の範囲に属するものではなく、その行為の外形から観察して、被告の事業の範囲に属するとは認められないから、被告の「事業ノ執行ニ付キ」行われたものではなく、したがって、被告は民法第715条による使用者責任を負わない。

5  同5の事実は否認する。

三  抗弁

1  本件金員Aについて

本件金員Aは、別表記載のとおりの社債、株式の買付資金であり、右買付けにかかる社債、株式はその後すべて売却され、原告との間で清算済みである。

2  本件金員Bについて

(一) 仮に、甲野が原告から2600万円(本件金員B)の送金を受けた行為が外形的に民法第715条にいう「其事業ノ執行ニ付キ」行われたものであるとしても、甲野の行為はその職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、原告は右の事情を知りながら、又は、少なくとも重大な過失によりこれを知らないで、甲野の個人口座に送金したのであるから、被告は同条による損害賠償責任を負わないものというべきである。

(二) 仮に被告が原告に対して同条による損害賠償責任を負うとしても、原告は、昭和61年7月以降被告を通じて行った証券取引において損失を被ったとして、担当者であった甲野に対し公序良俗に反する損失補填の要求を繰り返し、原告の過大な要求に対応しきれなくなった甲野が、ついに原告を欺く行為を行うに至ったものであること、原告は、長年にわたる被告との証券取引を通じて、被告の適正な業務として有価証券の買付けが行われる場合にはその買付代金は被告名義の銀行口座に宛てて送金されることになっていることを熟知していたにもかかわらず、有価証券の買付代金に使用する目的の金員を甲野個人の銀行口座に送金するという極めて異例の行為を行ったことからすると、原告には重大な過失があったというべきであり、原告の被った損害の少なくとも五割について過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1のうち、本件金員Aが被告主張の社債、株式の買付資金に充てられたこと、右買付けにかかる社債、株式がその後すべて売却されたことは認めるが、その余は否認する。

甲野は、右取引によって517万円を超える利益を出したにもかかわらず、清算することなく、これらの資金を使って、手数料稼ぎを目的として、「株の売買はしない。転換社債、新規公開株に限る」との原告の指示に反して、原告に無断で株式等の取引を行い、原告の損失を拡大させた。仮に甲野の取引につき原告が一任していたとしても、甲野の行った取引は、損を取り戻して株取引から手を引くという原告の委任の趣旨を全く無視し、専ら手数料稼ぎを目的として行われたこと等からいって、その取引の損失を原告に帰属させることは信義則に反するから、原告は、被告に対し、預託金の返還を請求することができるというべきである。

2  抗弁2(一)、(二)は争う。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  本件金員Aについて

1  原告が被告の町田支店に取引口座を開設したこと及び本件金員Aの送金の事実は、当事者間に争いがなく、本件金員Aが被告主張の社債、株式の買付資金に充てられたこと、右買付けにかかる社債、株式がその後すべて売却されたことも、当事者間に争いがない。

2  そして、乙第2号証の2、3(細枝番省略)、14、15、第3号証の26ないし33、第4号証、証人甲野一郎、同橋爪明信の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告が被告町田支店に取引口座を開設して取引を開始したのは昭和61年7月頃であること、本件金員Aのうち昭和63年6月28日から同年8月8日までの分は、右支店における原告の担当者であった橋爪が関与したもので、甲野が関与した取引ではない(甲野が橋爪から原告の担当を引き継いだのは同年8月末である)こと、右1の社債、株式の売買取引に関しては、その当時、清算書が原告に交付され、原告がこれに異議なく署名捺印することによって、清算が行われていることが認められる。

3  原告は、甲野による取引は、手数料稼ぎを目的として、原告に無断で、あるいは原告からの委任の趣旨に反して行われたものであると主張し、本人尋問においてこれに副う供述をするが、証人甲野一郎、同橋爪明信の各証言と対比して信用し難く、右各証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、橋爪や甲野に対し、被告を通じての有価証券取引において損を出さないよう指示してはいたものの、個々の取引(銘柄の選択、取引時期等)については一任し、被告から交付される清算書にその都度異議なく署名捺印していたことが認められるから、原告の右主張は採用することができない。

4  以上によれば、本件金員Aは有価証券取引の資金として原告から被告に預託されたものであり、その委託の趣旨に従って使用され、原・被告間において既に清算済みであることが明らかであるから、その返還を求める原告の請求は理由がない。

また、甲野が右金員を騙取したとは認めることができず、したがって被告が民法第715条による使用者責任を負ういわれはないから、同条による損害賠償を求める原告の予備的請求も失当である。

二  本件金員Bについて

1  甲第1ないし第7号証、第9号証、第15号証、乙第1号証、証人甲野一郎の証言、原告本人尋問の結果によれば、甲野は、被告町田支店の営業課長として、昭和63年8月末頃から原告の取引を担当していたが、原告から、常々、被告を通じての有価証券取引において損を出さないよう要求され、損が出たときは何らかの方法でこれを補填するよう強く求められていたため、新規公開株や新発行の転換社債を優先的に原告に買い付けさせたり、平成2年3月12日には自ら調達した200万円を原告に交付するなどして、原告の要求に応えていたこと、しかし、甲野は、同支店の営業成績を上げようとするあまり、原告以外の顧客との間でも、社内規則等によって禁止されている「保証商い」、「まかされ」あるいは「事後承諾」という違法な営業方法を行っていたところ、いわゆるバブル経済の崩壊によってこれらの顧客に大きい損失を与えてしまい、右顧客らからも同様の損失補填を求められたため、自ら高利による借入れをしたり、株に投資して儲けさせてやるなどと申し入れて、元本割れした顧客の投資信託を解約させたうえ、これらの金員を損失補填に流用するなどの方法でその場をしのいでいたが、株価の低迷が続いたことや融資者に対する高利の支払いに追われて、平成3年6月頃には、補填を求められている顧客の損失及び自己の借入金等の負債が約1億円に達したこと、そこで、甲野は、同年同月18日、原告に対し、「必ず値上がりする日本アムウエイの株式を買い付けさせる」と嘘を言って、その資金名下に2600万円を自己名義の銀行口座に振り込ませてこれを騙取したほか、同様の方法により他の数名の顧客からも合計5400万円余の金員を騙取したこと、甲野は、右金員詐取の罪により逮捕、勾留のうえ起訴され、実刑判決を受けて服役したこと、以上の事実が認められる。

2  右事実に照らすと、甲野が原告をして2600万円(本件金員B)を自己の個人口座に振り込ませた行為は、被告から付与された営業課長としての職務権限に基づくものではなく、これとは無関係にされた個人的な行為であって、右金員は被告に預託されたものではないと認めるのが相当であるから、その返還を求める原告の請求は理由がない。

3  しかし、甲野の右行為は、これを外形的に観察する限り、有価証券の取引に関連して顧客にその取引資金を送金させるという被告町田支店営業課長の職務の範囲内に属するか、少なくともこれと密接に関連するものというべきであるから、民法第715条にいう、被告の「事業ノ執行ニ付キ」されたものと認めるのが相当であり、被告は甲野の使用者としての損害賠償責任を免れないものというべきである。

4  被告は、甲野の行為はその職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、原告は右の事情を知りながら、又は重大な過失によりこれを知らないで、甲野の個人口座に送金した旨主張するが、原告が右の事情を知っていたこと、あるいはこれを知らなかったことにつき悪意と同視すべき重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用することができない。

5  しかし、乙第3号証の1ないし34、証人甲野一郎、同橋爪明信、同木村保仁の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和61年7月頃以降被告町田支店との間で有価証券の取引を継続し、その間多数回にわたって取引を行っていて、証券会社との取引の仕組みを熟知していたことが窺われ、株式等の買付資金を送金する場合には、指定された被告名義の銀行口座に振り込むこととされており、担当者の個人口座に振り込むことが極めて異例かつ異常な方法であることを知っていたものと推認されること、そもそも甲野の前記認定のような不法行為については、顧客である原告が本来行ってはならない損失補填の要求を繰り返したことにその発端があり、原告の過大な要求に対応しきれなくなった甲野が追い詰められて行ったという面のあることが認められるのであって、かかる事情は損害賠償額の認定について斟酌するのが相当であり、被告が原告に賠償すべき損害の額は、2600万円の約8割に当たる2000万円と認めるのが相当である。

6  そうすると、本件金員Bに関する原告の請求は、2000万円及びこれに対する不法行為の後である平成3年10月24日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるが、その余は理由がないものというほかはない。

三  本件金員Cについて

1  乙第3号証の27、31、35、ないし37によれば、被告町田支店の原告に関する顧客勘定元帳には、原告主張のとおりの現金(本件金員C)出金の記録があることが認められ、乙第2号証の6、12、13(細枝番省略)、21、27ないし29によれば、右出金事項の記載がある金銭(証券)引出請求書(清算書)がその当時原告に交付され、原告が右金員の受領を認めて署名捺印していることが認められる。

2  他方、証人甲野一郎の証言によれば、原告に対する清算金として現金出金が行われた場合において、甲野がこれを原告に交付せず、一時他に流用したものがあり、その場合には、清算書の原告の署名捺印は後日まとめてしてもらったことがあるというのであり、甲第12、第13号証及び原告本人尋問の結果に照らすと、本件金員Cはそれに当たるものと推認することができる。

3  しかし、同証人の証言によれば、甲野が右のようにして一時流用した金員については、2、3か月後にまとめて振込送金したというのであり、甲第12、第13号証にも、一部時期を異にするものの、被告又は甲野からあぶくま信用金庫の原告名義の預金口座に、前記顧客勘定元帳や金銭(証券)引出請求書(清算書)に記載のない振込送金が行われたことを窺わせる記録があることや弁論の全趣旨に照らすと、同証人の証言をあながち虚偽と断定することはできないものと考えられる。

右事情に原告が結局前記金銭(証券)引出請求書(清算書)に異議なく署名捺印していること及び弁論の全趣旨を合わせて考えると、甲野が一時流用した本件金員Cは後日原告の手元に入金されたものと推認するのが相当である。

4  したがって、本件金員Cに関する原告の予備的請求は、理由がないものというべきである。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求を前記理由がある限度で認容し、その余はすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第92条本文を、仮執行の宣言につき同法第196条第1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 魚住庸夫)

別表

〈省略〉

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